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心ノ飲ミ物 2008年6月3日
「初心忘れるべからず」
よく聞く言葉だが、僕には忘れてしまいがちな言葉である。
謙虚さのない男だ。
ふと昔話、カクテルを何度も作らされ、
何度も捨てられた記憶がある。
フローズンマルガリータだった。
店を閉めた後の特別講習会が毎晩あった。
特別でもなんでもない。
氷の解け具合、塩梅、立ち振る舞い・・・・。
毎晩作り続けようやくお客様に出してもいいぞとお許しが出た。
次の日は自分の作ったフローズンマルガリータを呑んでもらいたくて
来る人来る人に薦めまくり
一杯に自分の全てをぶつけていたと思う。
夏も終わりの肌寒くなったころだった。
今がおざなりに仕事をしているわけではない。
とある事から日本茶を扱う事になった時に昔の記憶が蘇った。
実家だとおばあちゃんが毎日のようにお茶を飲んでおり、
そこにテクニック的な事があるなど何も考えていなかった。
茶葉を急須に入れてお湯を注いで蒸らしていれる。
それだけの事とあまくみていた。
謙虚さの無い自分に恥ずかしさをおもう。
先輩に相談し美味しいお茶の入れ方講習会をやってもらった。
お湯の温度、蒸らす時間、道具、などを一から実践講習。
何杯のお茶を飲んだのだろう。
お茶でも酔うことが出来るのが判ったが、
気持ちは良くはなかった。
何事も適量が大事なのだろう。
色々な種類のお茶の入れ方を試しながら夜はぐっと更けていく。
一通りお茶による入れ方の違いを教わり、
先輩の行動から大事な事をおしえられた。
決して口には出さなかったが、
お茶にとって一番大事な事を感じた。
「もてなしの心」
講習と言いながらも茶菓子を用意してくれ、
素敵な茶碗まで準備してくれていた。
言葉にすることなくさり気無く演出する気持ちに
心から「ご馳走様でした」と口からこぼれた。
石田光成はこの「もてなしの心」で秀吉との絆がうまれたという。
秀吉が鷹狩りの帰りに寄った寺で喉の渇いた秀吉に小姓は
一杯目に大ぶりの茶碗に温めのお茶を出すと
秀吉は一気にお茶をたいらげ、
二杯目に同じ茶碗に半分ほど少し熱めのお茶を差し出し、
三杯目には小さな茶碗で熱いお茶をだしたそうだ。
その気配りに小姓を城へ連れて帰り家来にしたそうな。
長く働くにつれ自分の中に現れる慢心が今まではあったように思う。
慢心を捨て「もてなす心」を大事にしていければと
透き通った翡翠色のお茶に心を潤された。

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