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写真:葉っぱ

サムタイム

時に僕は 気がかりがあって
水の上を 低空飛行しか飛べないとんぼ

時に僕は ひれが
羽に変わるのを 待ち続けている魚
水の中から見上げた青空が きらきら揺れる

時に僕は 振り方を忘れてしまった振り子
理解と受容が僕を揺らす

時に僕は 手の平の温もりで
消えてしまう 雪の結晶
不在と存在の間にある孤独

満たされた水は
ただ こぼれていくだけだから
もう少しのところが調度いい


うさぎ
2010年4月15日
私が5〜6歳の頃のある冬の日、
両親が留守の間来てくれていた親戚のおばさんが、
うさぎ捕りに出掛ける提案をしてくれた。

針金でうさぎが足を入れると締まる仕掛けを作り、
おばさんと姉と三人で近くの野山へ罠を仕掛けに出掛けた。

うさぎは一度足跡をつけた場所へ戻る習性があるらしい。
森の入り口に、一人一個ずつ罠を置いて帰った。

その夜、わくわくと興奮していた私は、
おばさんに何度も、「うさぎ来たかな?」と聞いた。

「噂をすると逃げちゃうよ」と言われたので慌てて口をつぐんで、
あれこれ想いをめぐらせながら眠りについた。

次の日、おばさんは一人で罠を確認しに行き、
おばさんのだけに掛かっていたと言った。

そしてそのうさぎは、その日のカレーライスの肉に
姿を変えてしまったと聞いて落胆した。


食べたくて罠を仕掛けたわけではないので、
しばらくの間ショックだった。

母が幼少期時代、うさぎは食料として飼育していたそうだ。
母の父はお客さんが来る度にうさぎをさばいてもてなしていたらしい。

祖父は農家に従事するかたわら、
うさぎやいたちの毛皮の売買や馬の尻尾をカットしたものをお金に変えていたと言う。
祖父は安い馬を上手に育てあげ高く売る商売の「ばくろう」もしていた。

母はそんな父親が大好きだったが、
母が小学生の時に亡くなってからは生活が困窮し、
10人兄弟の長女だった母は学校にも行けず、
奉公に出て、家族を支えた話は良く聞かされた。

あれから半世紀近く年月が流れ、
うさぎを食べる時代は終わったものだと思っていたが、今年の新聞で、

「ヘルシンキではペットだったうさぎが野生化し、
畑などに被害を与えているので、動物園では餌として動物に与えられている。
市民の間からは、動物だけではなく、食卓にも上がらせようと言う声があり、レシピも考案されている」

と言う内容のコラムを目にした。
それぞれの国によって、食料事情が色々あるようだ。

今考えてみると、あの時おばさんは、
本当はうさぎを捕まえていなかったような気がする。

捕獲したうさぎの姿は一度も見ていないのだ。

私があまりにはしゃぎ過ぎたので、
からかわれていただけなのではないだろうか。